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ロンドンの地下鉄でテディベアが教えてくれたこと
旅の記憶というものは、壮大な景色や歴史的な建造物だけで作られるわけではありません。むしろ、旅先での些細な、しかし心に残る出来事こそが、その国の文化や人々の本質を映し出してくれることがあります。私にとって、それはロンドンの地下鉄で起きた、一体のテディベアをめぐる小さな事件でした。
第1章:沈黙を破ったハロッズのテディベア
それは、昔イギリスのウィットニーを訪れた後のロンドンでの出来事です。私はその日、かの有名な百貨店「ハロッズ」で、大きなテディベアを購入しました。自分へのお土産というには少々大きすぎるその相棒を抱え、混雑するロンドンの地下鉄(チューブ)に乗り込みました。
席が混んでいたので、私は大きなテディベアを胸に抱っこして、ドアの近くに立っていました。ロンドンの地下鉄といえば、乗客は皆一様に無口で、新聞や本に目を落とし、互いに干渉しないのが暗黙のルールです。その日も、車内は静寂に包まれていました。ところが、その沈黙を破ったのは、私の腕の中にいる、この毛むくじゃらの同伴者だったのです。
「まあ、カワイイ!」
ふと、近くに立っていたご婦人から、そんな声がかかりました。その一言をきっかけに、周囲の人々の視線が私の腕の中のテディベアに集まり、あちこちから「本当に可愛いわね」「大きい!」といった声が上がります。そして次の瞬間、普段静かなロンドンの地下鉄に、くすくすという温かい笑い声が起きたのです。それは、人と人との間にあった見えない壁が、一体のテディベアによって、いとも簡単に取り払われた瞬間でした。
第2章:もし、これが日本の電車だったら
その時、私の脳裏をよぎったのは、一つの想像でした。「もし、この光景が日本の電車の中だったら?」と。
日本だったらヒゲを生やしたおじさんが熊のぬいぐるなんか抱いていたら、完全に無視で目も合わさないよう変なおじさん扱いされそうですが、やっぱりイギリスってテディベアの国なんだなーってその時思いました。
おそらく、好奇の視線は向けられるでしょう。しかし、それは「カワイイ」という共感の眼差しではなく、「いい歳をして…」という、どこか奇異なものを見る目に近いかもしれません。ましてや、見知らぬ乗客が声をかけてくることなど、まず考えられません。皆、見て見ぬふりをし、私という「変なおじさん」との関わりを避けるのではないでしょうか。
この違いは、どちらの文化が優れているかという話ではありません。しかし、大人、それも男性が、臆することなくテディベアという存在を公の場で受け入れ、それを微笑ましく思う空気が、イギリスという国には確かに存在しているのです。それは、彼らの歴史の中に、テディベアが単なる子供のおもちゃではなく、人生のあらゆる局面における「相棒」として深く根付いているからに他なりません。
第3章:戦場に赴いたテディベアたち
その国民性とテディベアの結びつきの強さを示す、象徴的な事実があります。それは、テディベアがノルマンディーの戦場にまで行ったりした、という歴史です。第二次世界大戦中、多くのイギリス兵士が、故郷に残した家族や恋人を思うよすがとして、小さなテディベアをお守り代わりに戦地へ携行しました。それは、極限の恐怖と対峙する兵士たちにとって、唯一の心の安らぎであり、人間性を保つための最後の砦だったのかもしれません。
この話を聞いた時、私は再び自国に思いを馳せずにはいられませんでした。
日本っだったらぬいぐるみなんて女々しいと言いて殴られるのが落ちっだった思いますけど、その女々しい国に日本は負けてしまって…
当時の日本において、戦場にぬいぐるみを持ち込むなどということは、おそらく「女々しい」「軟弱だ」と一蹴され、許されなかったでしょう。「強さ」とは、感傷や愛情といった「弱さ」を切り捨てることだと信じられていた時代です。しかし、歴史の結果は、私たちに別の真実を突きつけました。
結論:テディベアが持つ、本当の「強さ」
ロンドンの地下鉄での温かい笑い声。そして、ノルマンディーの地で兵士の心を守った小さなテディベア。この二つの光景は、私にある一つの強烈な問いを投げかけました。
なんて女々しいテディベアは強いんだろうと思いました。
本当の「強さ」とは何でしょうか。それは、弱さや脆さを否定し、鋼鉄の鎧をまとうことなのでしょうか。それとも、自らの心の柔らかさや、誰かを愛おしむ気持ちを素直に認め、それを力に変えることなのでしょうか。
イギリスという国は、テディベアを愛する文化を通じて、後者の強さを、ごく自然に社会全体で共有しているように見えます。人の心を和ませ、孤独な兵士を慰め、時には文化の違いさえも乗り越えてしまう、一体のぬいぐるみ。その内に秘められた、計り知れないほどの優しさと強さ。ロンドンの地下鉄で、ヒゲ面のおじさんが抱えたテディベアは、私にその本質を、静かに、しかしはっきりと教えてくれたのです。


