タイタニックテディベア

 

 

タイタニック号の悲劇と、生き残った一体のテディベア

1912年4月14日深夜、北大西洋の氷海に沈んだ豪華客船タイタニック号。その名は、近代史における最も悲劇的な海難事故の代名詞として、100年以上が経過した今もなお、人々の記憶に深く刻まれています。この悲劇の中には、数え切れないほどのドラマがありましたが、その片隅で、奇跡的に生き延びた小さな命がありました。それは、一体のテディベアの物語です。




第1章:強運の生存者 - タイタニックを生き延びたベア

イギリスのグリニッジにある国立海洋博物館。ここには、タイタニック号の数少ない遺品と共に、一人の「生存者」が静かに眠っています。それが、1912年のタイタニック号沈没で生き残った、強運のテディベアです。このベアは、当時タイタニック号の一等船客だったダグラス・スペデンという7歳の少年が「ポーラー」と名付け、片時も離さず大切にしていたものでした。

運命の夜、船が氷山に衝突した混乱の中、ダグラス少年は母親と共に救命ボートへと避難します。その腕の中には、もちろん「ポーラー」がしっかりと抱きしめられていました。極寒の闇の中、巨大な船が沈みゆく光景を、少年とテディベアは共に目に焼き付けたのです。そして、彼らは奇跡的に生還を果たしました。

ご指摘の通り、現存する写真では判別が難しいのですが、その特徴から、このベアはシュタイフ社の初期の製品ではないかと言われています。パッドの無い小型のテディベアという特徴は、当時のシュタイフ社が製造していたシンプルなモデルと一致します。この小さなベアは、単なるおもちゃではなく、歴史的な大惨事を乗り越えた、希望と生還の象徴として、今も静かにその物語を語り継いでいるのです。

第2章:世界が流した涙 - シュタイフ社の黒い追悼ベア

タイタニック号の沈没は、世界中に大きな衝撃と深い悲しみをもたらしました。当時、すでに世界的な玩具メーカーとしての地位を確立していたシュタイフ社も、この悲劇に心を痛め、哀悼の意を示すために、極めて特別なテディベアを製作することを決定します。

シュタイフ社では後にタイタニック号の悲劇の哀悼の意を込めて限定ベア(オセロ)494体を販売しています。

1912年の後半、シュタイフ社はイギリス市場向けに、この追悼ベアを発売しました。それは、それまでのカラフルで愛らしいベアとは全く異なる、悲しみを体現したようなテディベアでした。その特徴は、見る者の胸を強く打ちます。

  • 喪に服した黒のモヘア: ベアの全身は、深い悲しみを表す、漆黒のモヘアで覆われています。喜びや慰めを与える存在であったテディベアが、初めて「喪服」をまとった瞬間でした。
  • 涙で赤く染まった目の輪郭: このベアを最も印象的にしているのが、その目元です。ガラスの瞳の周りは、涙で赤く染まったかのように、赤いフェルトで縁取られています。まるで、沈みゆく船に乗っていた人々のために、そして残された家族のために、泣きはらしたかのような痛々しい表情です。

限定数である494体という数字にも、深い意味が込められています。これは、イギリスの港から乗船した乗客・乗員のうち、救助された人の数(※諸説あり)に由来すると言われています。シュタイフ社は、このベアを通じて、犠牲者への追悼と共に、生き残った人々への祈りをも表現しようとしたのです。

シュタイフ社製タイタニック追悼ベア

第3章:ウィットニーで見た、100年の時を超えた祈り

この黒い追悼ベアは、生産数も少なく、その歴史的背景から極めて希少価値の高いものとして知られています。そのほとんどは、作られた当時から子供のおもちゃとしてではなく、悲劇のメモリアルアイテムとして、大切に保管されてきました。

私も以前、テディベアの聖地であるイギリスのウィットニーを訪れた際、幸運にも当時の一体を目にする機会がありました。ガラスケースの中に佇むその黒いベアは、100年以上前に作られたとは思えないほど、新品同様の素晴らしいコンディションでした。その完璧な状態は、歴代の所有者たちが、このベアに込められた「祈り」をいかに深く理解し、敬意を払ってきたかを物語っていました。

黒いモヘアの深みと、赤く縁取られた瞳の静かな悲しみ。それは、もはや単なるアンティークトイではなく、歴史の一片を封じ込めた芸術品のようでした。その荘厳な姿を前に、私はただ息をのむばかりでした。

結論:悲劇を語り継ぐ二体のテディベア

タイタニック号と共に氷の海を生き延びた、少年ダグラスの「ポーラー」。そして、世界中の悲しみをその一身に背負い、喪に服したシュタイフ社の黒い追悼ベア。この二体のテディベアは、それぞれの形で、20世紀最大の悲劇を私たちに語りかけます。

一方は、極限状況を生き抜いた「生命力と希望」の象徴として。もう一方は、失われた命への「哀悼と記憶」の象徴として。テディベアという存在が、いかに深く人間の感情と結びつき、歴史の証人となり得るのか。この二体のベアの物語は、その真実を、これからも静かに、そして力強く伝え続けていくことでしょう。

 

シュタイフテデイベア
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