
かつて私は、多くのものを手にしていました。
風を切るスポーツカー、海を見下ろす別荘。
星が輝くフランス料理店のテーブルも、静寂が美しい懐石の個室も、私のためのものでした。
しかし、それらはまるで蜃気楼のように、静かに消えていきました。
すべてを失った時、私の手元に残ったのは、途方もないほどの「時間」と「静寂」でした。
鳴り響くことのない電話。もう誰も訪ねてこない玄関。
だから一日中、くたびれたパジャマ姿でいられる。
時間に追われ、人の目に晒されていたビジネスオーナーだった頃には、到底考えられなかった自由です。
もし、今も昔のように分刻みのスケジュールを生きていたら?
朝から晩まで、利益の計算と人間関係の舵取りに心をすり減らし、会食の席では本心も隠して愛想笑いを浮かべる。気づけば夜になり、疲れ果てて眠るだけ。そんな毎日を繰り返し、ただ老いていったのかもしれません。
それに比べて、今の私はどうでしょう。
昼過ぎまで微睡(まどろ)み、午後から気まぐれにパソコンの前に座る。
もう3年も鳴かず飛ばずのアフィリエイトサイトをいじりながら、「もし稼げたら、あれを買って、ここへ行って…」と、子供のような妄想に胸を躍らせる。この時間も、案外悪くないのです。
そして、心が赴くままに、古びたクラシックギターを手に取ります。
この友人とは、もう50年の付き合いになります。
お金儲けに明け暮れていた頃は、ケースの中で眠らせてばかりいました。毎日何時間も、好きなだけギターを弾ける。弦が震え、部屋が豊かな音色で満たされていくこの瞬間は、紛れもなく、貧乏がくれた最高の贈り物です。
おかげさまで、かつて何百万円も注ぎ込んだ腕前は、人に教えられるほどになりました。ギターは一人で完結できる、最高の相棒です。この歳になっても、昨日より今日、今日より明日と、指が滑らかに動くようになる。この確かな成長が、日々に張りを与えてくれます。
「乞食は三日やったらやめられない」
とは、よく言ったものです。
お金を失うことを、誰もが不安に思うでしょう。
しかし、失ったからこそ見える景色があり、聞こえてくる音がある。あらゆるしがらみから解き放たれ、自分の「好き」だけに没頭できるこの人生を、私は今、心から楽しんでいます。
もし、あなたも時間に追われる毎日に少し疲れたなら、私のささやかな楽しみを少しだけ覗いてみませんか?


