シュタイフ社のプロトタイプのモデル

 

 

奇跡のプロトタイプ:1906年製シュタイフ “ソフトベア”の謎と真実

テディベアの歴史を語る上で、ドイツ・シュタイフ社の名は絶対的な存在として君臨します。その製品は、厳格な品質管理と一貫したデザイン哲学に基づき、”ハードベア”と呼ばれる、ずっしりと硬い詰め物がされたものが基本です。しかし、その輝かしい歴史の陰には、一般にはほとんど知られることのない、例外的なモデルが存在します。今回ご紹介するのは、まさにその例外中の例外、1906年製の世界でも数少ないシュタイフ社のプロトタイプのモデルです。

これは単なる古いテディベアではありません。シュタイフ社の創造の源泉、その試行錯誤の過程を現代に伝える、生きた歴史的資料なのです。テディベアジャーナリスト、渡邊真弓さんの取材記事などを参考に、この奇跡的に現存する一体が持つ、驚くべき秘密を紐解いていきましょう。




第1章:創造の舞台裏 - プロトタイプの役割

量産化への道のり

シュタイフ社が世界的な成功を収めた背景には、徹底した品質へのこだわりと、効率的な生産体制がありました。しかし、新しいモデルを市場に送り出す前には、必ず入念な検討が重ねられます。ご指摘の通り、シュタイフ社では量産化する前にこのように試験的にプロトタイプを製作して検討していたのです。

プロトタイプは、デザイナーの頭の中にあるアイデアを初めて立体的な形にするための、いわば「3次元のスケッチ」です。手足の長さのバランスは適切か、頭の角度は愛らしく見えるか、全体のプロポーションは美しいか。そうした細かな点を検証し、改良を加えるための、極めて重要な工程でした。そのため、プロトタイプは量産品とは異なる、特別な仕様で作られることがありました。

第2章:常識を覆す「ソフトベア」- 詰め物に隠された秘密

この1906年製プロトタイプの最大の驚きは、その”手触り”にあります。シュタイフのアンティークベアといえば、誰もが硬い体を想像するでしょう。しかし、この一体は全く異なるのです。

普通量産品は中身のスタフィングがウッドウールになりハードベアの仕上がりとなるのが普通ですが、プロタイプはスタフィングは柔らかいコットン材が使用され形状の調整が容易にできる仕組みになっている

この違いこそ、このベアがプロトタイプであることの動かぬ証拠です。量産品に使われるウッドウール(木毛)は、一度詰めると形を変えるのが難しく、耐久性に優れる反面、微調整には向きません。一方、このモデルに使用された柔らかいコットン材は、デザイナーや職人が詰め物を動かしながら、「もう少し鼻先を高くしよう」「肩のラインを滑らかにしよう」といった形状の調整を容易に行うことを可能にしました。

つまり、この柔らかさは「抱き心地」のためではなく、「製作上の都合」という、極めて実用的な理由によるものだったのです。結果として、シュタイフの歴史において極めて例外的な「ソフトベア」が存在するという事実を、この一体は証明しています。

第3章:100年の時を超えたメッセージ - 奇跡的な保存状態

プロトタイプは、その役割を終えれば破棄されたり、解体されたりすることがほとんどでした。しかし、このモデルは奇跡的にきれいな保存状態で、100年以上の時を超えて私たちの前に姿を現しました。そのディテールの一つ一つが、1906年のシュタイフ社の工房の空気感を今に伝えています。

ライトシナモンの輝きと鉛筆のサイン

まず目を奪われるのが、その美しいモヘアの状態です。ライトシナモンのモヘアも美しいと表現される通り、経年による色褪せが少なく、当時の鮮やかな色合いを今に留めています。これは、このベアが誰かの手によって大切に保管されてきたことの証です。

さらに驚くべきは、足のフェルトには鉛筆によるサインなども残っている点です。これは、当時の職人やデザイナーが書き記した、サイズや形状に関する指示、あるいは単なる識別マークだったのかもしれません。その意図は今となっては謎ですが、製作者の手の痕跡が直接残されているという事実は、このベアが単なる製品ではなく、創造の過程そのものであることを物語っています。

オリジナルのシルクリボン

アンティークテディベアの価値を大きく左右する要素の一つに、付属品の有無があります。特に、首に結ばれたリボンは、その繊細さゆえに失われやすいパーツです。

テディベアの首にはよくリボンが使われているが、シルクなどの素材が多いため、年月と共に擦り切れたり、脆くなって失われたりするのが常です。しかし、この1906年のプロトタイプには、驚くべきことにオリジナルのリボンが残っているのです。100年以上前の優雅なシルクのリボンが、まるで昨日のことのように結ばれている光景は、コレクターにとってはまさに夢のような光景と言えるでしょう。

結論:歴史の証人としてのテディベア

シュタイフ社が1906年に製作した、この一体のプロトタイプ。それは、私たちが普段目にすることのできない、”ものづくり”の舞台裏を見せてくれる貴重なタイムカプセルです。柔らかいコットンの詰め物、フェルトに残る鉛筆の跡、そして奇跡的に残されたシルクのリボン。その全てが、テディベアという存在が、単なる工業製品ではなく、人の知恵と情熱、そして試行錯誤の末に生み出された芸術品であることを雄弁に物語っています。

このような例外的な一体が存在することで、私たちはシュタイフ社の歴史をより深く、多角的に理解することができます。それは、完成された製品だけが歴史なのではなく、そこにたどり着くまでの創造のプロセスこそが、最も豊かで魅力的な物語を秘めているということを、静かに教えてくれるのです。

#渡邊真弓さんの取材記事より着想を得て構成

 

シュタイフテデイベア
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